「死にたい」って気持ちと「生きたい」って気持ち。

私は昔から「友達」だの「親友」だのがわからなかった。

 

何が友達なのか、何が親友なのか。

 

その定義はいったい何なのか、そもそも定義は存在するのか。

 

笑いあって時間を過ごせるのが友達なのか?

時に助け合って、心を開ける相手が親友なのか?

 

生憎、私は学生時代そんな人はほとんどいなかった。

友達は限りなく少なかったし、クラスの中でも口数は少ないし、休み時間に騒ぐ人でもなかった。

 

辛くいときも、悲しい時も、私の周りにそれを吐ける人がいなかったよ。

いや、私が吐かなかった。

 

人を信用していなかったから。

どうせ、他人事

真面目に話なんか聞いてくれないだろうって思ってた。

 

辛くて、どうしようもなくて

夜道をフラフラしてた時もあった、無意識に歩いてたら赤信号を渡りかけて

あの時我に返って信号見てなかったらあぶなかっただろうな。

 

そんなときも、誰にも胸の内をさらけ出すことはなかった。

 

何度も思ったよ。

 

「死にたい」って

 

楽になりたいって何も考えたくないって。

でも、結局自分には死ぬ勇気はない。

 

 

学生時代が終わって、社会人になっても学生の時の名残はあった。

 

学生時代にはなかったことだけど、社会人になってカッターを見つめていたことが何度かある。

 

踏みとどまってなかったらやってただろうね。

 

 

職場で知り合った人たちに何度も助けられた。

 

けど、人を信用せず疑ってばっか生きてきたせいか

疑心が捨てられない、信じたいんだけど、どうしても疑心が邪魔をする。

私のことを思って言葉をかけてくれてるのは分るんだけど、なかなか…ね。

 

社会人になっても「死にたい」って思考はなくならなかった。

頭の隅っこにずっと居座ってるんだ。

 

 

仕事を変えて、また変えて、いろんな人と出会って

考え方が徐々に変わっていったのかな

 

死にたいと思うことが少なくなった。

 

楽しくなったんだ人生が、生きることが。

 

私じゃ自分を変えられなかったけど、人が私を変えてくれた。

 

でも、結局私は昔の私を思い出してしまったみたい。

 

心にダメージを負わせすぎたのかなって思う。

 

けど、死にたいとは思わなっくなった。

 

「死にたい」が「生きたい」に変わった。

 

本気でやりたいことができたから

 

本気になれるものが見つかったから、そのために生きたいって思える。

 

バカなのかな、私って。

 

でも、それが今の自分。

過去の自分があっての今の私。

 

過去の自分には感謝してる。

あの時本当に死ななくてありがとうって言いたい。

 

おかげで、いろんな人に出会えた

色んな世界を見れた

 

まだまだ世界は広いけど、それでも私は変わった。

もっと変われる。

 

絶対変わる。

 

そう思いながら、これからを生きていこうって思うんだ。

 

あ、カッターを見つめることもなくなったよ

 

 

こんな私と仲良くしてくれる人がいる

こんな私と笑いあってくれる人がいる

 

なんかね

このままじゃ終われないよね。

 

行けるとこまで行こうって

やれるとこまでやろうって

 

それで、悔いのない人生を送っていきたい。

 

何年も時間はかかったけど、私は変われた。

人の力で、自分の力で。

 

だから、私はまだまだ変われる。

 

 

 

常に自分に勝ち続けていこう。

 

 

何が書きたかったのかわからなくなっちゃったから、この辺でパソコン閉じようと思う。